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麗しの「モランボン楽団」
情報が閉ざされた独裁国家「北朝鮮」。国民は北朝鮮当局のプロパガンダ情報のみを与えられ、洗脳されているといわれているが、国家主導で作られるすべての文芸作品は、金日成一族(金日成、金正日、金正恩)を偶像化するワンパターンでつまらないものだと思われるだろう。
しかし、そんな北朝鮮にも、実に魅力的なエンタメ文化が存在した。その中でも、とりわけ熱い視線が注がれているのが、「モランボン楽団」だ。
モランボン楽団が結成されたのは、金正恩第一書記が名実共に北朝鮮の指導者となった2012年。お披露目公演で衝撃的なデビューを果たしたモランボン楽団は、北朝鮮国内のみならず、海外の北朝鮮ウォッチャーの度肝を抜いた。ステージは派手な照明で彩られ、北朝鮮からすれば不倶戴天の敵である「米帝(アメリカ帝国主義)」文化を代表するディズニーの着ぐるみが登場し、バックスクリーンには『ロッキー4』の映像まで流れた。
演出以上に驚かされたのは、全員女性で構成された楽団メンバーの装いだった。ボーカル7人(後に8人となる)、ギターとドラムなどの楽器演奏者11人を含む18人(後に19人)編成。それまでの北朝鮮楽団の舞台衣装といえば、民族衣装(チマ・チョゴリ)や軍服など地味なもの多く、化粧はデーハー系でヘア・スタイルなどは、一昔前の場末のスナックをイメージさせる古くさいものだった。
しかし、モランボン楽団のメンバーの多くは、ショートカットでスッキリとしたヘア・スタイル。時には、体のラインがくっきり見えて肩も露わな黒のロングドレスや、派手な色のボディコン(!)衣装に身を包み、「セクシーさ」を強調しており、韓国の「少女時代」を意識したような白い軍服姿(下半身はタイトなミニスカート)まである。
ステージアクションでは悩ましく腰を振り、体を斜めにして流し目で、高音を基調とした歌声と重唱の美しいハーモニーを響かせた。そして、歌の最後を締めくくる派手なキメのポーズ! いささか世界標準からは遠いものの、それまでの北朝鮮歌謡(NK-POP)とは一線を画すものだった。
モランボン楽団設立の最大の動機とは、いったいなんなのだろうか? 筆者は、金正恩の父親への対抗心と見る。2011年、父・金正日の急逝により、若くして指導者となった金正恩は虚勢を張るきらいがあると同時に、どうも自己顕示欲が強そうだ。
「オヤジみたいに、俺も自分の楽団を持ちたい。オヤジがやったような古くさいものでなく、もっとスタイリッシュな垢抜けた北朝鮮音楽文化を造ってやる!」
彼がそう思った可能性は十分に考えられる。事実、モランボン楽団は、北朝鮮国内だけでなく国外的にも新しい金正恩時代をアピールするのに一役買っている。
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筆者は、新宿新大久保のネイキッドロフトで北朝鮮歌謡、いわゆる「NK-POP」を紹介するイベントを開催しているが、モランボン楽団は大人気だ。メンバーの中でも、とりわけ人気が高いのは「そるみん(筆者が勝手につけたニックネームです)」ことキム・ソルミ同志(写真)。美女ぞろいのモランボン楽団のメンバーの中でも、ひときわ目立つ美貌の持ち主だ。
ただし、経済難が続く今の北朝鮮で、国家主導で頻繁に行われる派手な公演コストなどを考えると、「分不相応」ではある。そういった問題点はさておき、金正恩時代と北朝鮮エンタメ事情を知るためにも自由社会に生きている我々が、ポップにカジュアルに北朝鮮のエンタメを代表する「モランボン楽団」を楽しむのもアリだろう。
(文=高英起)
●こう・よんぎ
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNK」東京支局長。北朝鮮朝鮮問題を中心にフリー・ジャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオ等でコメンテーターも務める。主な著作『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 』(宝島社)。ブログ「高英起の無慈悲なブログ」<
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