8人の男女が殺害され、このほかにも多数の変死者、行方不明者がいるといわれている「尼崎連続変死事件」。この事件の異常な手口は、日本の犯罪史上に残るものだ。角田美代子を主犯とする犯行グループは、平穏に生活していた家族のもとに乗り込み、親族同士に血まみれの暴力を振るわせる。そして、その暴力は殺人という結果に至るまで続く……。被害者たちは、恫喝、脅迫、暴行を受け、家族を死に追いやられた挙げ句、数千万円単位の資産を根こそぎ奪われてしまうのだ。 この事件の凄惨な手口と角田美代子のねじれた思考回路については、以前、当サイトでも、ルポライター・小野一光による『家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』(太田出版)をもとに詳しく紹介した(記事参照)。そして、同書とはまた異なった切り口からこの事件に迫ったルポが、一橋文哉による『モンスター――尼崎連続殺人事件の真実』(講談社)だ。 本書もまた、美代子が起こした事件を丹念に追いかけているが、本書が異なるのは、事件の背後に「M」と呼ばれる山口組系暴力団下部組織の幹部の存在を突き止め、彼から美代子への影響関係をもとに、この事件を解き明かしていることだ。 若かりし頃に、美代子と男女の関係を持ったといわれるM。「本物のやくざ」「男の中の男」と、美代子はMに心酔し、彼から与えられた犯罪の心得や、人心掌握術についてのアドバイスをもとに、家族乗っ取り事件を次々と引き起こしていく。美代子の自宅から発見されたノートには、Mから受けたアドバイスが多数書き込まれていた。 「アメとムチを巧みに使い分け、家族の絆を断絶すれば、家族同士は相互に憎しみ合い、自然と瓦解していくものや」 「相手を肉体的、精神的にとことん追い込むだけでは、他人を支配することはできない。時には一歩引いて、『不幸な境遇で生きてきた不憫なヤツ』と一緒に泣いてやれば、人間関係の濃密なエキスが心をマヒさせてくれる……」 Mは、一般的にイメージされる昔ながらのヤクザではない。頭脳明晰であり、IT機器の活用法、英語や中国語での日常会話もこなせる人物。犯罪の手口や、共犯者の心理、警察の捜査方法から裁判対策に至るまで、裏社会を生き抜くためのさまざまな知識を持つエリートだった。また、類似性が指摘されている北九州監禁殺人事件の全容を知悉し、まだ明るみに出ていなかった警察当局の捜査情報も握っていたことから、警察上層部とのコネクションも推測される。彼のアドバイスがあったからこそ、美代子は、10年以上にわたって凶悪犯罪を繰り返しながら、その悪事が露見するのを防ぐことに成功していた。 しかし、Mと美代子、そして美代子の引き起こす乗っ取り事件という安定した関係は、ある日突然、終わりを告げる。Mが急死したのだ。 Mのアドバイスを受けた美代子の手口は周到であった。警察対策のため、被害者家族のひとりと養子縁組をしたり、美代子自らは被害者に対して暴力を振るわないなどの原則があった。しかし、アドバイザーを失った美代子は、それまでの犯行手口がウソのように、凡庸なミスを重ねていった。そして、2011年11月、美代子の手の内から逃亡した被害者が大阪府警に駆け込んだことによって、美代子たち犯行グループの犯罪はすべて露見することとなったのだ。 本書が記す美代子の謎は、ほかにもある。 留置所内で、ノートに日記をつけていた美代子。1年以上にわたり拘束され、信頼していた仲間が自供を始めたことによって、彼女の心理は窮地に追い込まれていく。初めはキレイな文字で書かれていたノートも、だんだんと殴り書きのようになっていった。そして、その最後のページには「警察に殺される」という意味深なメッセージを遺し、自殺を遂げる。だが、これ以降のページは、何者かの手によって破り取られていた……。いったい、これは何を意味しているのだろうか? 一橋氏は、このノートを破り取った人間が誰であったのかを、現在も追及している。 (文=萩原雄太[かもめマシーン])『モンスター――尼崎連続殺人事件の真実』(講談社)
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尼崎連続変死事件に黒幕 “モンスター”角田美代子が愛した、闇社会のエリートとは――
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